紅陽華 様投稿作品



それはまだ、有紀が十五歳の頃。十一月中旬の出来事だった。
「うぅ〜、さっむ〜い」
有紀は帰宅中だった。今日は定期テストだったので、いつもより早い帰宅となる。
「ん?」
何気なく左を見た時、店と店の間に、何かいたような………
気になってしょうがない有紀は、確かめに行った。
何だか、関わると厄介なモノっぽかったが………
「ちょっと、マジ?」
そこにいたのは案の定、"関わると厄介なモノ"だった。
正確には、いたと言うより倒れていた、モノではなく……耳っ子だった。
髪は黒く長く、しかし耳と尻尾は真っ白。どうやら猫耳っ子らしいが、女の子……だろうか?
「って、性別は後々! 体が凄く冷たくなってる……暖めてあげなきゃ!」
彼女は猫耳っ子を抱きかかえて、急いで自宅へと向かった。




やくそく


「う……ん…」
猫耳っ子は目を覚ました。
気が付いたら、そこは何処かの家の中だった。体には毛布が掛けられていた。
「…ここは………」
見た事のない家だった。少なくとも、"あの家"に連れ戻された訳ではなさそうだ。
最も、いつの間にこんな所に連れて来られたのか、全く見当もつかないが………
「あっ、目を覚ましたんだ。良かった〜」
そう言いながら現れてきたのは、一人の人間の少女だった。彼女が自分をここに連れてきたようだ。
「はいコレ。インスタントのコーンポタージュ。暖かくて美味しいよ」
「……ありがとうございます」
猫耳っ子は礼を言って、コーンポタージュを一口飲んだ。
暖かくて美味しい。心からホッとする。
「私の名前は有紀。あなたは?」
有紀と名乗る少女が、自分の名前を聞いてきた。
「……シュウ、です……男の子です…」
名前のついでに性別も言っておく。シュウは外見から、よく女の子と間違われたからだ。
「あの……お姉さんが、助けてくれたんですか?」
「ん? まぁね。シュウが倒れてるのを見つけて、ほっとけなかったから」
「そうなんですか、本当にありがとうございます」
シュウは頭を下げてお礼を言った。そして、ある事に気付いて、
「あーっ!!!」
叫んだ。
「わっ! なっ、何?」
有紀が驚いて聞く。
「あのっ、有紀さん! わたし、手に鈴を握っていませんでしたか? 金色の鈴!
アレ、わたしの、とってもとっても大切な物なんです!!」
「金色の鈴………コレ?」
有紀はポケットから、金色の鈴を取り出す。
「良かったぁ……」
「あ、そうそう。私もシュウに聞きたい事があるんだけど………シュウ、誰かに
飼われてるんでしょ?」
有紀はそう聞いた。何故飼われいると思ったかというと、彼の首には、
猫用の首輪が付けてあったからだ。その首輪には、銀色の鈴が付けられている。
しかし、有紀の質問を聞いたシュウは、ビクッ、と体を震わせる。
「なのに、何であんな所で凍えてたの? とにかく、シュウの飼い主と連絡を取って……」
「ダメぇっ!」
「えっ?」
突然叫んだシュウに再び驚く有紀。
「いや…もう、あそこには戻りたくないっ!!」
有紀は瞬時に悟った。恐らくシュウは、以前の飼い主に虐待されていたのではないか?と。
それなら、飼い主と連絡を取ろうするのを止めさせる理由が分かる。
「分かった。じゃあシュウは、今日から私の家で暮らしていいよ」
「……いいんですか?」
「うん。もう怖がらなくて大丈夫―――」
有紀は、シュウの体に腕を回し、優しく抱きしめた。
「どんな時でも、私がシュウを守ってあげるから――――ね?」
「本当、ですか?」
「もちろんよ、約束する」
シュウは、有紀のその言葉が嬉しくて、少しだけ涙が出た。


それから、両親の了承をもらい、晴れてシュウは金沢家の一員として認められた。
有紀はシュウから首輪を外し、しかし銀の鈴は金の鈴と一緒に彼女の机の引出しに仕舞って保管する
事にした。
シュウは、飼われる事になったその日から、有紀を『ご主人様』と呼ぶようになった。
そんなある日の事、
「シュウ、一緒に買い物に行かない?」
「お買い物、ですか?」
「そ、服を買いにね。シュウの新しい服も買ってあげようと思って」
シュウは、服を一着しか持っていない。
「いいんですか!? ありがとうございます! ご主人様!」
「じゃ、決まり。早速行こ」
という訳で、二人は街に出掛けて行った。
シュウが風邪をひかない様に、有紀は彼にニット帽を被せ、更にマフラーを巻いて
セーターを着させた。が、彼にはセーターとマフラーは大きいようだ。
改めて、防寒対策をした有紀が聞く。
「シュウ、苦しくない?」
「大丈夫です、とっても暖かいです」
「そう、良かった」

デパートについた二人は、服売り場でシュウに似合う服を探していた。
「あの、コレ着てみてもいいですか?」
「それ? いいよ、試着してみたら?」
有紀に進められ、早速着てみたい服を数着選び、試着してみる。
試着コーナーで着替え終わり、シュウがカーテンを開けて出てきた。
「わぁ………」
黒と蒼のフランネルチャックシャツに、灰色のジーパン姿で彼は出てきた。
可愛い。男の子のような服装なのに、女の子のようにも見える。
「どうです、ご主人様。 似合います?」
シュウが聞いて、有紀はすかさず、
「うん、似合う似合う! とっても可愛いよ!!」
「そうですか? 嬉しいですぅ」
シュウの可愛らしい姿を見ている内に、有紀は我慢できなくなり、ちょっと待ってて
と言って何処かへ行き、そして戻ってきた。
「ねぇ、今度はコレ着てみて!」
と言って彼女が持ってきたのは、デニムジャケットとシャツ、そして―――普通より
少し短めのスカートだった。
当然シュウは驚いて、
「ええ! ご主人様ぁ、わたし男の子ですよぉ!」
「お願い一回でいいから、ね?」
「うう………分かりました」
渋々了解してシュウは再びカーテンを閉めて着替える。
再びカーテンが開いて、
「あの……どうですか?」
恥ずかしそうに出てきたスカート姿のシュウは、どこからどう見ても女の子だった。
「うん、とっても可愛い! ありがと、シュウ♪」
そして、有紀はシュウが気に入った服と自分の服を購入した。
流石に先程のスカートは購入しなかったが。



シュウは、飼ってもらうお礼として、出来る限り手伝える家の仕事などを手伝っていた。
「あら、あの子ったら、お弁当忘れてるわ」
「それなら、わたしがご主人様の学校まで行って届けます」
「シュウちゃん、有紀の学校までの道は分かるの?」
「はい、一度ご主人様と一緒に見に行きましたから」
「そう、じゃお願いね」
「はーい」
今日は、有紀の忘れ物を届けにいく事になった。

有紀の学校に着いて、事務室の窓口から声を掛けようとしたが……身長が届かない。
「あのー、すいませーん」
とりあえず、人を呼んでみる。声に気付いた一人の職員が窓口を見ると、窓口には
白い猫の耳が二つ。
窓口から顔を覗き込んだ職員を見て、シュウは自分がご主人様が忘れたお弁当を届けに来た事を
その職員に告げた。
「じゃあ、暫くここで待っててね」
職員にそう言われ、事務室のイスに座るシュウ。
放送が流されて間もなく、有紀が事務室に来た。
「シュウ!」
「ご主人様、コレ。お弁当です」
「ありがと〜、シュウ〜」
シュウからお弁当を受け取り、事務室から出ようとすると―――。
「あ、みんな―――」
いつの間にか数人のクラスメイトが集まっていた。彼らは事務室に入ると、シュウを見るなり、
「キャーッ、カワイー!」
「この子有紀が飼ってるの? 女の子?」
「いや、男の子、だけど……」
「それにしても美形じゃん。これなら女と間違えても不思議じゃないぜ?」
「しかも髪黒だけど、耳とシッポは白なんて珍しいな? 俺も猫耳っ子飼ってるけど、
髪と耳、シッポの色おんなじだし」
シュウを珍しそうに眺め、アレコレ言うクラスメイト達。シュウの方は、いきなり
色々言われたり、まじまじ見られたりでパニックに近い状況になっている。
「あっ、もう休み時間終わっちゃうね! みんな教室に戻ろ! シュウもお家に帰ってていいよ!!」
「はっ、はい……」
シュウの身を案じて、有紀はクラスメイトを強引に事務室から退室させた。
その後、シュウも有紀に言われたとおり帰っていった。


「シュウ、怖い思いさせちゃってゴメンね」
「大丈夫ですよ。怖くなかったです」
夕食を食べ終え、入浴も済ませた有紀は、自室でシュウと会話していた。
「わたしも、ご主人様のようにお友達をたくさん作りたいです」
「うん。シュウなら、すぐにお友達が出来るよ」

「ふぅ……」
宿題や予習復習を終えた有紀は、消灯してベッドに潜る。
隣では、シュウが穏やかな寝息をたてながら、可愛い寝顔で熟睡していた。
「シュウ………」
眠っているシュウの頭を優しく撫でて、有紀も眠りについた。


翌日の事。
「もぉ〜、ご主人様ったらまた忘れ物してるぅ〜」
シュウは机の上に置きっ放しの国語の教科書を見て言った。
今日は国語の授業がある日だ。それも五時間目に。
今は、ちょうどお昼休みの時間だろう。十分間に合う。
今は家に誰も居ない。有紀の父は会社に、母は買い物に行っている。
シュウはメモ用紙に『ご主人様に教科書を届けに行きます』と伝言を書き、戸締りを
して出て行った。

「あれ? あの子シュウの飼ってる子じゃない?」
有紀と会話をしているクラスメイトが言った。
「え? ―――あ、ホントだ」
「二人とも、ココからシュウちゃんって分かるんだ。あたし視力悪いから
全然分からなかった」
「有紀また何か忘れ物したんじゃない?」
「うん、国語の教科書……」
「偉いなぁ、シュウちゃん。――――あれ、誰かがシュウちゃんの前に………」
視力の良いクラスメイトは、そう呟いた後、驚きと恐怖の混じった声色で有紀に言った。
「ちょっと………あの人、シュウちゃんを腕を掴んでっ……誘拐しようとしてるっ!!!」
「えぇぇ!!?」
有紀はそれを聞いて驚き、教室から脱兎の如く駆け出していった。


「着いた〜」
シュウは国語の教科書を手に、有紀の学校の校門まで来ていた。
そして、いきなり隣から、六十代くらいの男性が現れた。。
「あ…………」
その男性を見た瞬間、シュウは固まった。
「ようやく見つけたぞ………」
男性は低く言う。
「あ…ああ………」
まさか、ここでアイツと鉢合わせするなんて。
(に、逃げなきゃ…………)
頭ではそう分かってても、体が言う事をきかない。
体の震えは止まらず、その場から一歩も動く事が出来ない。
「さぁ、来るんだ!」
男性はシュウの腕を掴み、引っ張っていく。
「いやっ!」
シュウは反射的に、その男性の腕を引っ掻いていた。
男性は「痛っ!」声を洩らし、シュウの腕を離した。シュウは思わず叫んだ。
「…さっ、触らないで! 人殺し!!」
「"人殺し"だぁ………? ふざけるな! 獣の分際でぇっ!!」
男性は持っていた鉄製の杖で、シュウに殴りかかる。
「……っ!」
だが、杖の打撃は来なかった。恐る恐る顔を上げると―――。
「……! ご主人様!」
駆けつけて来た有紀が、自分の腕を盾にしてシュウを庇っていた。
男性はいきなり現れた有紀に驚いていた。いきなり現れた事よりも、彼女がシュウに
『ご主人様』と呼ばれた事に驚いているようだ。
「大丈夫? シュウ」
「はい…ご主人様、腕は…?」
「平気よ、コレくらい」
有紀はキッと年老いた男性を睨み付けた。
「貴方……私のシュウに何するんですか!!!」
「何を言う! もともとそいつはわしのモノだぞ!!」
今度は有紀が驚いた。
シュウが自分のモノって……じゃあ、この人が、シュウの………!
有紀は再び男性を強く睨み、
「貴方みたいな、耳っ子を"モノ"としか見ていないような人に、この子の飼い主である
資格なんか無い!」
「黙れ! 小娘がぁっ!!」
男性が杖を振り下ろす。
それは狙いどおり有紀の頭に直撃した。ゴスっと音がして、有紀の頭から血が流れる。
「ご主人様ぁっ!!!」
シュウの悲痛の叫び。
有紀は左手で男性の杖を握った。そして右手で拳を作り、
「こんのっ、クソじじぃーーー!!!」
有紀の右ストレートは、男性の左頬にクリーンヒットした。


警察署にて―――。
「本当に、父がご迷惑をお掛けしました!」
二十代後半の、スーツ姿の男性が深々と頭をさげた。
「いえ、私の方こそ、お父さん殴っちゃって………」
「いいえ! 一回ぐらい殴られた方が、父にもいい薬になります!」
頭に包帯を巻いた有紀は、心の底から強く謝る男性を見て、少し困っていた。
その隣にはシュウもいる。
その後、当然ながら男性は警察に逮捕された。耳っ子を虐待し、殺害した罪で。
詳しい話を、有紀はシュウに教えてもらった。

シュウには姉がいた。彼と同じ、黒髪に白い耳とシッポを持っていた。
逮捕された男性はストレス解消の道具のように、二人をやりたい放題に虐げてきた。
特に姉の方には、性的虐待すら受けていた。そして暴力を受け、身も心もボロボロになった
シュウの姉は、若くしてこの世から逝ってしまった。
シュウは男性の家に居れば、いずれ姉と同じく自分も殺されると思い、こっそりと
男性の家から逃げ出した。
大切な、姉の形見である、金色の鈴を持って。
その後行き倒れになり、有紀に発見されるに至ったのだ。

男性が帰った後、
「ご主人様……ごめんなさい。わたしの所為で、そんなケガまで………」
半泣きの状態で、シュウが謝る。
「大丈夫よ、こんなケガ。それに、約束したじゃない―――」
有紀は、シュウを優しく抱き寄せ、
「どんな時でも、私がシュウを守ってあげるって―――――」
「…ご主人様っ………」
自分の胸の中で、静かに泣く幼いシュウを、有紀はずっと抱き寄せていた。




「へぇ〜、有紀さんとシュウの間に、そんな事があったんですか」
有紀の過去の話を聞き終えたセイヤが、開口一番に言った。
有紀は、
「まぁね、今となってはいい思い出ね………」
「あっ、ところでシュウの鈴と、シュウのお姉さんの形見の鈴……まだあるんですか?」
「当然よ。今話した事件が終わった後、鈴は"あるモノ"にしたのよね」
「あるモノって………」
セイヤが質問しようとした時、ドアを開けてシュウが入ってきた。
シュウの髪型は、何故かツインテールだった。
「えへっ、セイヤお兄ちゃん、似合うでしょ? 久々に付けてみたんだ」
「ああ、"あるモノ"ってそれか……」
シュウがツインテールにするのに使った髪を結ぶヒモには、アクセサリーとして鈴が付けられていた。
右には金色の鈴。左には銀色の鈴。彼が髪を揺らす度に、鈴はシャランシャランと音を立てた。
「シュウは本当に、どんな姿でもカ〜ワイ〜〜♪」
「へへっ、ご主人様にそう言われると嬉しいですぅ♪」



シュウ―――。

私は、これからもアナタをずっと守ってあげる。

だからこれからもずっと一緒。

やくそくだよ―――――。





後書き
コレを書いてる途中、月姫のアルクェイドが猫好きなのを思い出した(ぴゅあぴゅあと関係ねぇよ!)
すいません、↑のは後書きのネタが無いので、苦し紛れに………orz
そんなこんなで、自分のオリキャラの過去話Part2です。
ちなみに話の後半辺りに桜沢さんのサイトとリンクしてるひよこさんの作品の内容を
少し真似てます………この場を借りて謝ります。ごめんなさい。
さて、残るはセイヤ君のみとなりました。コレが終わったら18禁作品等を制作したい
と考えていますので、期待していてください!

期待外れにならないよう、頑張ります(そりゃそうだろ!)






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