M 様投稿作品

       ひなたの誕生日を全力で祝う会




薄暗い部屋。

部屋といっても広さは体育館くらいはありそうだ。

照明は高い天井に小さな電球がいくつか灯っているだけ。

そんな怪しげな場所に集まっているのは数十人の男たち。

年齢は20代から30代、40代と見受けられるものもいくらかいるようだ。

皆、一番奥の壇に向かい綺麗に整列している。

誰も一言も発さない、身じろぎの音すら聞こえてこない。

何も知らない常人が見たら恐怖以外に何も感じないだろう静かな空間。

その中でもひときわ目立つ壇上に、一人の男が現れた。

その男が壇の中央に立つと、壇上全体を照らす照明が灯る。

「今日みんなに集まってもらったのは他でもない。」

壇上の男は右手の人差し指で眼鏡の位置を正すと、整列している男たちに向かって話し始めた。

その背後には『WE LOVE ひなた!! 犬耳っ子バンザイ!!』という垂れ幕が掲げられている。

何を隠そうこの集団は『ひなたファンクラブ』なのである。

ひなたのためなら全てを投げ出せる連中なのだ。

ゆえに、月曜の昼間だというのにこれだけの人数が集まっているのだ。

そして現在壇上にいるのはこのファンクラブを作った創始者であり会長である。

「そう、本日、5月23日は・・・」

そこでいったん言葉を区切り、大きく空気を吸い込むと、

マイク無しでもその広い部屋に反響するほどの声量で言い放った。

「ひなた嬢の誕生日なのだ!!」





 ひなたの誕生日を全力で祝う会










事の発端はこうだ。

本日の朝、午前中は暇だった会長はいつものごとくペットショップFRIENDS2階の喫茶店にいた。

ひなたが喫茶店にいることを知っていたからだ。

独自の調査によりシフトを全て把握している彼にとって、それは当たり前のことだった。

しかしこの日はいつもと少し違うところがあった。

それは普段から注意していなければ気づかないかもしれないほど小さな違和感。

ひなたがいつにも増して元気いっぱいで笑顔いっぱいで張り切って仕事をしていたのだ。

普通の人ならば、ひなたはいつも笑顔、で終わっていたかもしれない。

だが彼はそれに気づいた。

これは何かあるに違いない・・・確かめねば!!

決意を固めた彼は、トーストとサラダとコーヒーがセットになっているモーニングセットを運んできたひなたに緊張を必死に押し隠して聞いた。

「今日はずいぶんと機嫌がいいみたいだね。何かあったのかな?」

声が少し裏返ってしまったが、相手がひなたならば気にされることもないだろう。

何より今は情報収集が最優先だ。

「今日はボクの誕生日なんだ♪」

なに!! 叫びそうになるが必死に堪え、冷静を装う。

「へぇ、そうなんだ。おめでとう。」

「うん! ありがとう♪」

はじける笑顔を心のアルバムにしっかりと焼き付け、ひなたが立ち去った後で運ばれてきていたものを手早く胃に収める。

会計を済ませ外に出ると、彼は携帯電話を取り出し、同志たちにメールを送った。

『大至急集合せよ。本日はひなた嬢の誕生日である。』と・・・










「事ここに至って、事態は緊急を要する。」

時刻は午前10時、今からひなたが充分に喜ぶプレゼントを用意するには時間があるとは言いがたい。

「まずは内容を決めることからだ。誰か、何かいい意見はないか?」

示し合わせたかのように寸分のずれもなく皆の手が一斉に上がる。

「では今日は23日だから、会員No.23番。」

「はい! やはりここは白ジャぐふっ!」

隣に立っていた筋骨隆々の男に水月を綺麗に突かれた23番は部屋の隅っこに放り投げられた。

今はまだ泡を吹きながらびくびくと痙攣しているが、そのうち静かになるだろう。

「めでたく23番は永久欠番となったわけだが、他にまともな意見はないか?」

「では想いのこもったポエム集などどうでしょう?」

「ふむ、なるほど。しかし31番、それは我々の想いを伝えることはできても、ひなた嬢に喜んでもらえるものだろうか?」

31番の顔が沈んだものへと変わっていく。

「気持ちはよくわかる。私としてもひなた嬢にこの溢れんばかりの想いを伝えたいとは思っている。
 だがしかし、今回はひなた嬢の誕生日だ。ひなた嬢に喜んでもらうことが最優先される。」

「会長。」

「ん? なんだ2番。」

列の中央最前列、現在では会長の右腕と言っても過言ではないほどに優秀な男、会員No.2が発言した。

「無難にいくならば、やはり食べ物がよろしいかと思われます。」

「それは私も考えていた。だができれば意外性をつきたいとも思っていたのだが・・・」

「準備の時間はあまりありません。今回はこれで手を打つべきかと。」

「・・・そうだな。楽しみは次回に取っておくか。」

会長は指で眼鏡を押し上げ改めて眼鏡の位置を正すと、大仰に左手を振り、室内にいる全員に指令を下す。

「ひなた嬢の好きな食べ物は肉とケーキを始めとした食べ物全般だ。
 ただし、多ければいいというものでもない。食べきれなければ無駄になるからな。
 更にはひなた嬢が体調を崩してしまうことにもなりかねない。
 皆、厳選に厳選を重ね、より良いものを必要な分だけ購入してきてくれ。
 その際の金銭については一切気にするな。
 いいな。我々の存在する理由は、そう!」

彼の言葉に、この場にいる全ての者の心はひとつになる。

「「「ひなた嬢の、笑顔のために!」」」

これを合言葉とし、皆それぞれに散っていった。















「ありがとうございました。」

最後の客を送り出し、喫茶店は閉店の時刻を向かえた。

「みんな、今日もお疲れ様や。」

「お疲れ様。」

「お疲れ様でした。」

「お疲れ様、ていっても、一人だけ疲れてるように見えないのもいるけどね。」

とばりはそう言ってひなたを見る。

その視線の先にはにっこにこの笑顔で尻尾まで振っているひなたがいた。

「えっへへっへへ〜〜♪」

「はは、まあしょうがないってことにしておいてくれよ。」

「そやな。あんまり焦らすのもかわいそうやし、さっさと始めよか。」

「お誕生日、おめで・・・」

トントン、喫茶店の入り口のドアが控えめに叩かれた。

場の空気が一瞬にしてしらける。

「いったい誰よ。この大事な場面で・・・」

とばりが不機嫌になるが、とりあえず御堂が入り口のドアを開けた。

ドアの外には帽子を目深にかぶった小柄な男と台車に乗った大きな段ボール箱。

「お届け物でーす。はんこかサインをお願いしまーす。」

「はいはい、それじゃあサインで。」

御堂は男からボールペンを受け取り、用紙に『御堂』の文字を書く。

「ありがとうございましたー」

男はボールペンと用紙を回収すると、台車もそのままにそそくさとその場を後にした。

「いったいなんなんだ? その妙にでかい段ボール箱は。」

「まさか、エッチなビデオとかじゃないでしょうね?」

「ええ!?」

「ちょ、ちょっと待ってや! 俺はそんなもん注文した覚えは・・・」

そこで言葉が止まる。

「あるんだな・・・?」

ひなたはよくわかっていないようで首をかしげているが、それ以外の三人は御堂から一歩身を引く。

「御堂、お前のことは友達だと思っていたんだけどな・・・」

「ホント、最低。」

「御堂さん・・・」

ジトッとした視線が御堂を貫く。

しかし、たじろぎながらも御堂は反論を試みた。

「ま、待て待て! 俺も健全な男子なんやからちょっとくらいは!
 ちゅうか、そもそもこんなとこに送ってもらうはずが・・・ん?」

そこで御堂はある重要な部分に気づく。

「これ、受取人がひなたになっとるで。」

「え?」

「ほえ? ボク?」

確かに受取人の欄には『ひなた様』という文字が書かれていた。

そして差出人の欄は、

「ひなたの笑顔を求める者たち、って・・・なんやそれ?」

「なんだか怪しいな。まさかとは思うけど、爆弾とか入ってたりして・・・」

潤はダンボールの側面に耳を当ててみた。

しかし何も聞こえるはずもない。

「ねえ、もしかしたら、よく喫茶店に来る連中じゃない?」

「よく喫茶店に来る連中?」

「あたしたちの制服姿見てにやけてる連中よ。今日がひなたの誕生日って知って、プレゼントでも贈ってきたんじゃないの?」

「そういうことか。それだったら大丈夫、かな・・・?」

「じゃあ開けてみるか。さすがに爆弾とかはないやろうし。」

「じゃあ開けるね。」

ひなたが何のためらいもなく無造作にガムテープを引き剥がし蓋を開けた。

そこには・・・

「わ〜〜〜〜♪ お肉だーーーーーー♪」

まず最初に見えたのは大きな肉。

それも素晴らしいとしか言えないほどの霜降りのサーロインだ。

そしてその下にも高級食材がずらりと並んでいる。

更には様々な菓子類や飲み物まで入っていた。

ただただ唖然とする三人をよそに、ただただ喜ぶひなた。

そんなひなたの姿を窓からのぞくビデオカメラが捕らえていた。

もちろんビデオカメラを構えているのは・・・

「ふふふ・・・あんなに喜んでくれるとは、がんばったかいがあるというものだ。」

ファンクラブ会員No.1であり会長でもある彼だ。

「この映像をみんなに見せれば、みんなの苦労も報われ、うおっと!」

危うく足を滑らせそうになるが、気合と根性で体勢を強引に立て直す。

「くそっ! ここまで来て負けるわけには・・・!」

彼が現在いる場所はペットショップFRIENDS2階の窓の外。

ベランダはない。

窓枠に指を、下の階との区切りとなる部分にあるわずかな出っ張りにつま先を引っ掛けるというかなり危険な体勢だ。

しかしそれでもひなたの喜ぶ姿を一瞬でも長く撮影せんと、脂汗を流しつつもビデオカメラを構えている。

すでに震え始めている指と足を叱咤し、彼はひたすらにビデオカメラを回す。

だが、限界が訪れるのはもはや必然。

それを感じ取った彼は最後の手段をとった。

窓枠を口でくわえると左手でガムテープを取り出し、右手で構えていたビデオカメラを窓に固定する。

軽くゆすって外れないことを確認すると、彼は・・・落下した。

「もう少ししたら回収してみんなで見よう。ああ、この喜びを分かち合う瞬間が楽しみ・・・」

ゴン! 鈍い音が響き、彼の意識は闇へと落ちた。




















薄暗い部屋。

部屋といっても広さは体育館くらいはありそうだ。

照明は高い天井に小さな電球がいくつか灯っているだけ。

そんな怪しげな場所に集まっているのは数十人の男たち。

年齢は20代から30代、40代と見受けられるものもいくらかいるようだ。

皆、一番奥の壇に向かい綺麗に整列している。

誰も一言も発さない、身じろぎの音すら聞こえてこない。

部屋のすみに口からエクトプラズムを吐き出している人影がある静かな空間。

壇上には巨大なスクリーンが設置されてある。

そこに映し出されている映像は、

『おいしー♪』

彼らが贈ったプレゼントを笑顔でほおばるひなたの姿。

皆の笑顔はとろけんばかりだ。

「良かった。本当に良かった・・・」

頭を包帯で巻いた会長は壇の脇で、映されているひなたとそれを見る皆の笑顔に満足げにつぶやいた。

今回の彼らのミッションは成功に終わった。

しかし安心してはいられない。

そこに萌えと愛がある限り、彼らの活動は終わらない。

例え物語の表には出ることがないとしても、彼らは生きていく。

ただひたすらに、ただ一つのものを目指して!!





 FIN





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<あとがき>

ど〜もご機嫌ようです。
『ひなたの誕生日を全力で祝う会』楽しんでいただけましたか?
普段とは違った観点で書いてみたのですが、喜んでいただけたのなら幸いです。
そうでない人はごめんなさい・・・
そうでない人のほうが多そうでごめんなさい・・・(土下座)
ただ、たまにはメインでない、名前すらないキャラたちにも思いを馳せてみてもいいのではないでしょうか?
とか言ってみたり・・・w

以上、朝思いついて一日で仕上げたにしてはいい感じだなと自画自賛中のMでした♪
でわでわ〜♪

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