M 様投稿作品





薄暗い部屋。

部屋といっても広さは体育館くらいはありそうだ。

照明は高い天井に小さな電球がいくつか灯っているだけ。

そんな怪しげな場所に集まっているのは数十人の男たち。

年齢は20代から30代、40代と見受けられるものもいくらかいるようだ。

皆、一番奥の壇に向かい綺麗に整列している。

誰も一言も発さない静かな空間。

言い換えれば、誰も一言も発することができない。

なぜなら、彼らは皆一様にやせ細っている。

頬はこけ、肋骨は浮き出し、腕や足はまるで枯れ木のようだ。

落ち窪んだ目をドス黒い隈が縁どっている。

とてもではないが健康とは言いがたい。いや言えない。

声すら出せないのもうなずける。

荒く不規則な呼吸音がBGM代わりにわずかに流れる中、時折誰かが倒れる音も聞こえる。

中には起き上がれず、口から魂らしき物体を吐き出している者もいる。

現に今も、壇から向かって右から3番目、前から6番目の小柄な男が天界へと召されようとしていた。

体は半透明、頭上には金のわっか。

本当の意味で全てから開放された爽やかな笑顔。

疲労困憊の皆とすでにピクリとも動かなくなった元自分の体に手を振っている。

それはさておき、唐突に壇上にスポットライトの光が差した。

「諸君、今日集まってもらったのは他でもな・・・」バタリ

ライトの光を一身に浴びながら登場した男は、セリフを言い切ることすら出来ずに体を横たえた。

「会長、大丈夫ですか?」

ろくに言うことを聞かない体を叱咤しながら、中央最前列にいた男がやっとの思いで壇に上がり、

倒れた男を起き上がらせる。

やはり二人とも、すぐに救急車を呼んで即入院させたいほどにフラフラだ。

「ああ、すまない。私なら大丈夫だ」

会長と呼ばれた男はゾンビもかくやと思われるほどに生気のない青ざめた顔色をしながら、

それでも皆のまとめ役という意地と誇りと気力で背筋を伸ばし、表情を引き締めマイクに向かった。

「諸君、いよいよこの時がやってきた」

声を出すだけでも軽いめまいを覚える。

しかし今はそんなことにかまっている場合ではない。

彼には、彼らにはどうしても果たすべき目的があるのだ。

「今まで皆が負ってきた苦労が、あと少しで報われるのだ」

一瞬足の力が抜け、マイクスタンドにすがりつくことでどうにか体を支えた。

それでも彼はまだ話を続ける。

皆と喜びを分かち合える、その時のために。

「2日後の12月20日・・・・・・」

皆が待ち望んだ日。

この日のために、他の全てを投げうってでも一心不乱に努力してきたのだ。

「そう、この日こそとばり嬢のお誕生日であらせられるのだ!!」

もう一つのスポットライトが点灯し、会長の背後にかかっていた垂れ幕を照らし出す。

そこに書かれていたのは『WE LOVE とばり!! 犬耳っ子もいいけど猫耳っ子もね♪』の文字。

そう、何を隠そうこの集団は『ひなたファンクラブ』改め『耳っ子ファンクラブ』なのである!!





 とばりのお誕生日を全力で祝わせていただく会










事の発端はこうだ。

約1ヶ月ほど前から、喫茶店での仕事の時のとばりの様子が変わった。

それらしい男性客のところに注文をとりに来たり、料理を運んで来たり、時にはただ横を通り過ぎるだけでも、

「○○が欲しいのよね・・・」とボソリと呟いていくようになったのだ。

それらしい男性客というのは、料理以外のナニかを目的に店に足を運ぶ連中のことだ。

もちろん耳っ子ファンクラブの会員一同は例外なく彼女の言葉を耳にしている。

そして『○○』の中に入るものは、その時々に応じてバッグだったり腕時計だったりと変化。

ただし間違いなく共通していることは、どれも数十万単位の高級ブランド品であるということだ。

とばりは前回のひなたの誕生日に、謎の集団『ひなたの笑顔を求める者たち』からプレゼントが送られてきたのを目にしている。

頭の良いとばりのことだ、こうしていれば何かしら贈って貰えるだろうと予測しての行動だろう。

つまり歯に衣を着せぬ言い方をするならば、とばりは『その連中にプレゼントをたかろう』と考えているのだ。

ただでさえ彼女はクールなのだ。催促された品物をプレゼントしたところで、ひなたのような笑顔を見せてはくれない。

それくらい彼らも充分に理解している。

それでもなお彼女の求めに従うのは熱き萌え魂を持つがゆえに成せる業か。

彼らは懸命に働いた。

普段はひたすらパソコンに向かい、

出かけたと思ったら秋葉原へというような典型的な半引きこもりオタクまでもが必死に汗水を流した。

もしかしたらご両親は喜んでいるかもしれない。素直には喜べないかもしれないが。

ともかく彼らは働いた。

辛い肉体労働、ひたすらに眠気を誘われる単純作業に耐え、

休日返上、睡眠時間の短縮、果ては食費を削ってまで金銭を搾り出した。

「ええ、あれはまさしく鬼気迫る迫力でした」とは、彼らの働きぶりを目の当たりにした同僚たちの証言である。

結果、冒頭のように無残な姿になってしまっている。

だがしかし、集まった金額はすさまじい。

合計30,805,650円。

これなら充分どころか十二分にとばりを満足させられるだろう。

小躍りして喜んでも良いだろうが、あいにく皆にそんな元気は微塵も残されていなかった。










そして、ついに誕生日当日。

今日はペットショップの方で働いていたいつものメンバーは、

仕事終了後、とばりのお誕生日会を開くために二階の喫茶店へと上がってきていた。

前回同様さあ始めるぞというところで、まるで狙い済ましたかのように入り口のドアが叩かれる。

「はいはい、今出るわよ」

誰に何も言われずとも、とばりにしては珍しく、自ら店の入り口へと向かった。

おそらく確信しているのだろう。普段と変わらなく聞こえる声にも、若干だが期待を含んだものがあった。

ドアを開けば、やはり前回同様帽子を目深にかぶった配達員の男。

「お届け物です。はんこかサインをお願いします」

とばりは受け取ったボールペンでさらさらとサインをした。

その様子を眺めながら、潤は誰にともなく言った。

「なんか、前にもこんなことなかったか?」

応じたのは御堂。

「ああ、ひなたの誕生日の時も、いろいろ送られてきたなぁ」

いろいろといっても、あの時はいろいろな食べ物だったのだが。

「今回は何が来たんだろう?」

四人は考えてみる。ひなたのためにあれだけの物を用意した人たちがとばりへ贈るプレゼントとは何か。

三人の考えは共通する。多少内容は違えどどれも高級ブランド品。

それなりに長い付き合いのため、これくらいは容易に想像が出来る。

唯一、独自の路線をひた走るのはひなただった。

「もしかして、またお肉!?」

自分が欲しいと思うものを贈る。プレゼントのあり方として間違っているわけではないが、

潤・御堂・美和の三人は苦笑いを浮かべながら思った。それはないな・・・と。

「で、肝心の品物はどこにあるの?」

とばりはボールペンを配達員に返しながら聞いた。

前回は台車に乗った巨大な段ボール箱だった。

だが今回はそんなものは見当たらない。

「それでしたら、あちらです」

配達員が手で指し示した方向には、一台のトラックが停まっていた。

「このカギで開きますので、では」

何のことだかわからずトラックを訝しげに見つめるとばりに、

一つのカギを押し付けるように握らせると、配達員はそそくさとその場を後にした。

「ほな、トラックの中身を見てみようやないか」

ついまじまじとカギを見つめてしまっていたとばりに御堂が声をかけた。

とばりはハッと我に返り顔を上げた。

「そ、そうね。どんな物が入っているか、確かめないとね」

よほど恥ずかしかったのか、顔を赤くしながらとばりは喫茶店の外階段を下りていく。

三人もそれに続いた。

先ほど渡されたカギを使い、とばりは荷台を開く。

中身を見た瞬間、五人は絶句してしまった。

彼らの予想通り、確かにブランド品は山のように積まれていた。

しかし、それだけではなかった。

中央に堂々と鎮座しているのは、光り輝く赤い流線型のボディを持つスポーツカー。

具体的な車種がわからなくても、この手の車の値段がいくらくらいするかはなんとなくわかる。

比較的裕福なご主人様を持つとばりでも、さすがにこんな物を贈られるとは思ってもみなかっただろう。

目を真ん丸く見開き、口をあんぐりと開けてしまっている。

他の皆も似たような格好で固まっている。

真っ先に思考停止から復帰したのはとばりだった。

い、いけないいけない。あたしはクールなキャラなんだから、このくらいで驚いてちゃ・・・・・・

とばりは頭を振って、真っ白になっていた頭を元に戻す。

「そ、そうよね・・・」

自分のペースを取り戻すために、一度軽く咳払いをすると、

胸を張り、更にはその胸に自分の左手を当てるというたいへん大仰なポーズで宣言した。

「このあたしの誕生日だもの。このくらいは当然よね」

『当然』に若干余計に力を入れる。さすがはとばりだ。

だが、顔が少々ニヤけているのは格好がつかない。

「ほら、御堂、何ぼさっとしてんのよ」

いきなり名指しで呼ばれ、御堂は我を取り戻した。

「あ、ああ、なんや?」

とは言え、完全に驚きから立ち直れていないようだ。かなり狼狽している。

「これ運ぶの手伝って。免許持ってるのあんただけなんだから」

「そ、それはそうやけども、いくらなんでもこれを運転するんは・・・・・・」

御堂は改めて眩いばかりの車体を見る。

万が一にも傷でもつけたら殺されそうだ。かなり冗談でなく。

「なに言ってんの。あんたが運転するのはこっち」

とばりは御堂に先ほど荷台を開くために使ったカギを放り投げた。

御堂は慌てて手を上げどうにかキャッチする。

「あんたなんかをあの車に乗せるわけないでしょ。ほら、わかったらさっさと動く!」

「は、はい・・・・・・」

プレゼントにもとばりの剣幕にも圧倒され、御堂にできることはただ従うことだけ。

荷台を閉めていそいそとトラックの運転席へと上がる。

「じゃ、悪いけど、誕生会はまた今度ってことで」

とばりはすごく機嫌の良い顔で、今だ呆然としている潤と美和、なんだかよくわかってなさそうなひなたに告げた。

そして自分も助手席に乗り込むと、三人に向かい窓から手を振る。

「じゃあね」

徐々に遠ざかっていくトラックを見ながら、最後の最後まで三人は立ち尽くしていた。










一連の様子をずっと捉えている者がいた。

耳っ子ファンクラブの会長だ。

前回の失敗に基づき、喫茶店内の出来事はハシゴを使って足場を確保していた。

おかげで今回はケガをすることなく作戦を終えることが出来た。

トラックを見送り、彼は戦場を後にする。

「はっくしょん!!」

長い時間寒風にさらされていたからか、妙に大きなくしゃみを出しながら。




















薄暗い部屋。

部屋といっても広さは体育館くらいはありそうだ。

照明は高い天井に小さな電球がいくつか灯っているだけ。

そんな怪しげな場所に集まっているのは数十人の男たち。

年齢は20代から30代、40代と見受けられるものもいくらかいるようだ。

皆、一番奥の壇に向かい綺麗に整列している。

ガリガリにやせ細っている彼らは、壇上のスクリーンに映し出される映像に見入っていた。

普段あまり見ることができない、クールな猫耳っ子のキョトンとした顔に、

皆が満面の笑顔でガッツポーズをとっている。

天井付近でふよふよ浮遊している半透明な男も爽やか笑顔でガッツポーズをとっている。

「良かった。本当に良か・・・はっ、はっくしょん!!」

疲労が溜まりに溜まっているところを寒風にやられ、会長は見事に風邪をひいていた。

壇の隅に設置した小さなコタツに下半身を突っ込み、上半身には厚いどてら、

マスクと氷のうも装備している。

それでも満足気なのは、やはりとばりと皆の喜ぶ姿を見られたからだ。

今回の彼らのミッションは成功に終わった。

しかし、安心してはいられない。

そこに萌えと愛がある限り、彼らの活動は続いていく。

例え誰の目に触れることがなくとも、彼らは必死に生きていく。

ただひたすらに、ただ一つのものを目指して!!





 FIN





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<あとがき>

ど〜もご機嫌ようです。
『とばりのお誕生日を全力で祝わせていただく会』楽しんでいただけましたか?
前回に引き続き、がんばってますねえファンクラブのみなさんw
ひなた、とばりと来たからには、やはり美和ちゃんの誕生日にもがんばってもらいたいですね。
ただ、一つ問題がありまして・・・その問題が解決しないと書きようがないんですよねぇ・・・・・・
どうしよう・・・美和ちゃんへのプレゼント・・・・・・(悩)

以上、ナイスアイデア募集中のMでした♪
でわでわ〜♪

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