M 様投稿作品





冬の北国。

雪と静寂に支配される、人里離れたとある山。

木々は全て葉を落としきり、ねぐらにこもりただひたすらに春を待つものもいる。

そんな厳しい環境の中で一人、強く生きる耳っ子がいた。





 ぴゅあぴゅあ外伝 ある耳っ子の物語
     その2 狐耳っ子編





ドサ・・・・・・

どこかで、何かが落ちるような音がした。

雪の斜面を歩いていた少女はピクリと体を震わせ、耳を澄ます。

ゆっくりと周囲を見回し、何も異常が無いことを確認。

おそらく樹上の雪が落下したのだろう。

少女はそう結論付け、

短めの髪と薄汚れてボロボロになったワンピースの裾を翻し、再び歩き出した。

野生の狐耳っ子の少女。

彼女が雪原の大地に一人で生きるようになって、一年が過ぎようとしていた。



親から離れるきっかけは、あまりに唐突だった。

母親がいつもの通り餌を取りに出かけた。

しかし、いつもと違いあまりに帰りが遅かった。

母を心配し、四人の兄弟姉妹と捜しに出て、無残に変わり果てた母の姿を見つけた。

冬眠直前で気が立っている熊に出くわし、殺されたのだ。

まだ甘えたい盛りの子供だった彼女は愕然とした。

と同時に悟った。もう自分たちを守ってくれる存在は無い事を。

兄弟姉妹と力を合わせ、どうにか生き残ることはできた。

そして今はそれぞれ一人立ちし、思い思いの場所で暮らしている。



南東から降り注ぐ太陽の光を白く反射する、昨日降ったばかりの新雪に、

裸足でサクサクと足跡を残し斜面を下りる。

程なくして、山のふもとの広い道路に出た。

白一色の雪原を真っ直ぐに貫く幹線道路だ。

ここだけはしっかりと除雪されており、車の走行になんら支障は無い。

少女は道路に程近い木の傍らに立った。

左右を確認する。車は来ていない。

少女は軽く目を伏せ、小さな溜息をついた。

渡ろうとしているのではない彼女にとっては、むしろ車は来て欲しい物なのだ。

この辺りは野生の狐および狐耳っ子で有名だ。

なので、頻繁に観光客がやってくる。

その中には、単純にかわいいからという理由で餌を投げるものがいるのだ。

それを期待して来てみたのだが、そうそう都合よく現れるはずもない。

少女は雪の上に座り込み、傍らの木にもたれた。

ふと、先日遭遇した観光客の事が頭をよぎった。

いつも通り、少し目立つところに立っていたら餌が放り投げられた。

丸っこい、チーズの味がするスナック菓子だ。

警戒心は解かない。ゆっくり、慎重に距離を詰めてから拾う。

観光客の様子をしっかり目で捉えながら口に放り込む。

相手は笑っている。武器のような物も見当たらない。攻撃を受ける可能性は低い。

ならばもう少し媚びた姿勢を見せて餌をねだろうか。

今まで幾人もの観光客から餌をたかってきた百戦錬磨の営業スマイルを出そうとした時、

後部座席の窓からひょっこりと犬耳っ子が顔を出した。

くりくりとした大きな目で物珍しそうにこちらを見ている。

暖かそうな服を着て、マフラーに手袋までしている。

どこまでも透き通っている瞳は純真な心を如実に物語っており、

自分の命を最優先に考える野生の世界とは縁遠い。

少女は腹が立ってきた。

どうしてお前はそんなところでぬくぬくしている?

どうしてお前ば自分の力で生きようとしない?

少女の放つ鋭い眼光は犬耳っ子を怯えさせ、

結果、観光客は追加の餌を投げずにさっさとその場を去った。

残されたのは、遠くに消え去る車の後姿をいつまでも睨む少女だけ。

それでも少女は構わなかった。他に餌を得る方法が無い訳ではなかったから。

でも、何故?

今思い出しても、怒りがこみ上げてくる。

気づけば、奥歯をギリリと噛み締めていた。

ブロロロロ・・・・・・

遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。

少女ははっと我に返る。

慌てて立ち上がり、音の方を見る。

一台の乗用車が近づいて来て、少女の目の前を通り過ぎた。

そういうことも多々ある。

もう慣れている。落胆はしない。

その後、太陽が南中に来るまで待つも、餌を得る機会は無かった。



何も入れられなかった腹を押さえ、斜面を登る。

昨日はネズミ一匹しか捕まえていない。

一応、秋に採取した木の実が少しねぐらの奥に保存されているが、

できれば何かしっかりと食べておきたいところだ。

ユキウサギでもいないかと周囲に目を配りながら歩く。

視界の隅に、わずかに動くものを捕らえた。

歩みを止め、しっかりとそちらに目を向ける。

獲物? いや違う。

いたのは少女と同じ狐耳っ子だった。

少女と同じくらい、いや、少し相手の方が大きいか。

どちらにせよここは少女の縄張りだ。それを侵したものを許すわけにはいかない。

まだ相手は気づいていない。

少女は姿勢を低くして一気に駆け出した。

雪を蹴立てて真っ直ぐ相手へ走る。

相手も少女に気づいた。

身構える前に飛び掛る。

充分な体勢を取れていない相手を押し倒し、両手でがっしりと相手の両腕を封じる。

後は適当に噛み付いてやれば相手も戦意を失うか・・・・・・・と思いきや、

少女は腹部を蹴り上げられ、背中から雪の上に倒れた。

起き上がった相手が飛び掛ってくる。

マウントポジションを取られれば圧倒的に不利。

少女は横に転がり回避。

素早く立ち上がり、相手を睨む。

しばらく睨み合いが続いた後、どちらからとも無く飛び掛る。

無音だった冬の山に、二人が取っ組み合う音だけが響いた。










数刻後、太陽が少し西に傾き始めた頃、決着はついた。

どれだけやっても一歩も引こうとしない少女の眼力に押され、相手は退散。

少女は自分の縄張りを守りきったのだ。

しかし、少女も腕と足に傷を負っていた。

噛み付かれた時に無理に引き剥がそうとして裂傷となり、血が滴っている。

少女は流れ出る血を掌で拭い、傷口をなめた。

幸い、傷はさほど深くはない。多少痛みに目をつむれば、動けないほどではなかった。

しかし、血の匂いは強い捕食者を引き寄せかねない。

少女は今日の狩りを諦め、ねぐらへと戻る。



斜面の途中、雪の中に隠れるようにその横穴はあった。

少し腰をかがめないと歩けそうにない狭い穴。

少女のねぐらであり、かつては母と暮らしていた場所だ。

本来ならもっと多くの思い出と共に母に見送られ巣立つはずだった。

しかし今はただ一人傷をなめながら、わずかな母との日々を思い出すだけ。

少女が着ているワンピースも、母がどこからか持ってきたものだ。

裾がほつれ、ところどころ穴が開き、元は白だったろうものが今はほぼ灰色。

それでもまだ大事にしているのは、母を忘れられないから。

少女は服の胸元をぎゅっと握り、丸くなった。

激しい格闘の後だからだろう。少し眠い。

目をつむり、少しずつ湧き出してくる眠気に身を任せる。

少女はゆっくりとまどろんでいった。










少女は夢を見た。

母に見守られ、兄弟姉妹と戯れる。

腹がすけば母がおいしい餌を持ってきてくれる。

そんな夢。

もう手に入れられないことがわかっているから見てしまう、夢。

少女は薄く目を開いた。

完全に起きた訳ではない。夢と現の境界線にいる、ぼんやりとした瞳だ。

ふと、先日遭遇した観光客に連れられた犬耳っ子の事が頭をよぎった。

何の心配も無く日々を暮らせる。

何の心配も無く大事な人と一緒にいる。

少女は思った。

もしかしたら自分は、あの犬耳っ子がうらやましかったのかもしれない。

少女の瞳から心の欠片が一滴、地面に落ち、吸い込まれていった。

ぼんやりと見ている穴の外はいつの間にか曇天となり、ちらちらと白い粒が舞い落ちていた。

少女は再び目をつむる。

せめて夢の中だけでも、温かな家族と共にいたい。

そう願いながら。










全てを優しく、白く染め上げる雪が舞う。

明日には、今日の出来事がなかったかのような、美しい白銀の世界がまた姿を現すだろう。

北国の春は、まだ遠い・・・・・・





 Fin





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<あとがき>
ど〜もご機嫌ようです。
『ぴゅあぴゅあ外伝 ある耳っ子の物語 その2 狐耳っ子編』
いかがでしたでしょうか?
まあ何と言いますか。
疲れていたわりになかなか寝付けない夜にウトウトしながら考えたもので、
非常にネガティブな雰囲気ですね。
ぴゅあぴゅあのほのぼのな雰囲気皆無です。ごめんなさい。(土下座)

ごめんなさいついでにもう一つ。
『その1』で勝手にウサギの耳っ子を出しちゃって、
犬猫以外の耳っ子を解禁させてしまったというのに、
今回は更に『野生の狐耳っ子』って・・・・・・(汗
ちゃんと言い訳しておきます。
製品情報の「すとーりー」の項目内には世界観の説明の一部に、
「犬や猫が人間になってしまったような『耳っ子』がいる」とありますが、
野生の耳っ子については言及されていません。
更に、野良がいるなら野生がいてもおかしくないかなぁと・・・・・・
どうかお許しください。(土下座)

さて、この話を考えている最中、
「もしかしたら動物の耳っ子だけじゃなくて、鳥の羽が生えてる『羽っ子』とか、
 人魚みたいな『魚っ子』とかもいるのかな?」
というところまで行き着いてしまいました。誰か止めてください・・・・・・(汗

以上、もう自分では止められないレベルまで逝っちゃってるMでした♪
でわでわ〜♪

※注意
野生動物に人間の食べ物を与えることは、動物の体調不良や狩猟能力の低下などに繋がります。
さらに、野生動物に近づくことによって、人間が何らかの病気に感染する場合もあります。
決して安易に近づいたりすることなく、遠くから観察するだけにしましょう。

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